マルちゃん、また来てね。

あんなに強い子だったのに。

三谷家で一番の暴れん坊で、小さい時は水飲みバケツを5個も壊して

牛舎の壁にも3か所も穴を空けて・・。

長じてからは、意図的に人を蹴る唯一の牛になった、マルちゃん。

搾乳に入る前に、必ず、横目で様子を覗ってから

「今だ!」と鋭い一蹴を1度だけ浴びせてくる。

こちらだって、それなりに反応して

「それ来た!」とその一蹴をヒラリとかわす。

搾乳前の1度きりの、せめぎ合い。

そんな応酬に、いつも舌打ちしてから搾り始める・・。

二度と帰らぬ、あの日々を、今はひたすら懐かしく思う。

 

マルちゃんが、子牛を産んだのは今年の3月、

7時間に及ぶ難産の末に生んだ子は、滅多にないくらい大きな子牛だった。

マルちゃんは、それが原因で腰の神経を痛めてしまったらしく

後ろ足が伸び切って、力が入らなくなり、立てなくなってしまった。

その時は、まだマルちゃんの目はしっかりとしていて

立てないながらも、両隣の牛達を威嚇するほどだったので

「きっと、いずれ立てるようになる・・」と思ってた。

そう信じて、毎日2回、腰骨を挟んで滑車で上に引っ張り上げるように

立たせる訓練をしながら、後ろ足の回復を待ったけれど、

今度は前足にも力が入らなくなってしまい

マルちゃんの目には自信が見られなくなってしまった。

そして、とうとう精魂尽きたように死んでしまった・・。

プライドの高いマルちゃんだったから、吊り上げられるのが屈辱だったのだろうか・・。

痛くて、苦しくて、もう嫌になってしまったのだろうか・・。

後ろ足には、わずかに回復の兆しは見られたものの、結局

マルちゃんの精神力の方が先に尽きたみたいだった・・。

 

我家で乳牛としての道を全うさせてあげられなかった。

大きすぎる子牛を、産ませてしまった。

最後まで「ふん!」と、顔を斜めに構えていたマルちゃん。

再び大地を踏ませてあげられなかった。

搾乳の度に、とんでくるマルちゃんの足を思う。

3回に1回は蹴られて、呻いていた日々を思う。

「おい、マルよ~。もう一度、蹴ってくれよ~。」

マルちゃんの居なくなった牛床で、主人が呟いた。

 

マルちゃんの死から数か月が経つ。

このブログは、我が家の歴史を綴るものだ。

だからマルちゃんの死も、ちゃんと記録しなくてはならなかったのだけど

この数か月、どうしても、どうしても

書く気になれなかった。

自分達の力及ばずの結果を、素直に受け止めれなかった。

だけど、先日、マルちゃんの子供のチビマルちゃんが

双子の赤ちゃんを産んでくれた。

マルちゃんの血を引くチビマルちゃんが、双子を産んだ!

ああ、こうして、引き継がれていくんだな。

こうやって、生きていくんだな。

牛と共に生きているんだな。

そう思って、マルちゃんの死を受け止めた。

マルちゃんという、暴れん坊のかわいい奴がいたんだよって

ちゃんと、記録しなくちゃ。

次に繫がるために。