家の牛、変な牛

牛は、言わずと知れた草食動物だ。

草食動物は、群れで行動する習性があるのも、

また言わずと知れた事である。

 

だけど・・

家の牛は違う。変なんだ。

先日、夕方の搾乳を終えて牛を放牧地に放す時に

扉を一部閉め忘れていた。

「あれー!?」っと、一瞬焦ったけれど、

牛達はどうやら、放牧地の上の方の窪地に行ったようで

下からは姿は見えないけれど、

脱走者は居ないようだった。

だけど、念のため上の窪地まで見に行ってみた。

すると、いたいた!

群れを成して一心不乱に草を食んでいた。

牛の姿を見届けたので、帰ろうとしたら

急に1頭の牛(52番ちゃん)が

「ムフォォ!!!」と顔を上げたかと思ったら

1頭だけの単独行動で走ってやって来た。

なんか猪突猛進!

「え!?私に連いて来てくれるのかしらん♪」と

ドギマギしたけれど、52番ちゃんは

私の横をゴーッと素通りして、牛舎に滑り込むようにINした。

牛舎に戻ってみると、水をがぶ飲みしていた・・。

「ぷは~」っとひと息ついた52番ちゃんは

またノコノコ群れに戻って行った。

 

見事なマイペースぶりに笑ってしまった。

群れから逸脱しようと、お構いなしなんだ~って

ちょっと感心した。

 

後日、友人にこの話をした。

「家の牛って、凄いマイペースでね、超Going my wayなんだよ~」って。

すると

「飼い主に似るんだね」と言われた。

そうかなあ・・?

 

 

2023年度 放牧開始だよ!!

5月4日、雲1つない快晴の中、

待望の、た~いぼうの、放牧開始日を迎えました!!

牛達は、三谷家のただならぬソワソワぶりを感じて

「今日は放牧開始の日だ!」と察していたようで

朝から猛烈に鳴いておりました。

「もおーー!!!」

 

そして、いよいよ解き放たれた瞬間、皆一斉に飛び出して

新緑の大地を走り回り、跳びまわり、

「ふぉおおお~~~~!!」と、鼻息も荒く

草と太陽の薫りを身体中に浴びて、それはそれは楽しそうでした!

ひとしきり、走り回った後は、

毎年恒例の「私がボスだ」の女同士の喧嘩があったり、

我関せずで美食に走る子がいたり、でした。

午後になると、皆、お腹いっぱい青草を食べまくって、

ま~ん丸いお腹で気持ちよさそうに寝転がってしまいました。

今年もつつがなく放牧開始できたな~って、ほっとしたのでした。

 

ところが・・・

結局「NOトラブル」という訳にはいかなかった・・。

5月8日、奥中山に雪が降ったのでした!!

しかも、5cm程積もったのでした!!

観測史上初、らしいです。

この雪のせいで、牛達は外へ出られず、

「放牧お預け」となり、それはもう激しいブーイングでした・・・。

「ぶおおお~~~~!!!おおおお~~~~う!!!」

と、がなり立てる牛達に

「仕方ないじゃん!!雪だから!!」と逆切れ気味に

干し草を配りました。

そしたら、牛達は干し草を一瞥してプイッとそっぽを向いて

「私達、フレッシュ青草しか、いただきませんの」と言うではありませんか。

なんだこの「草セレブ」は!!

と、ちょっとイラっと来ましたが、

牛の気持ちもよく分かる・・・。

「青草、美味しいもんね~」って、窓の外の雪景色に目をやり

「なんなんだよ、これ・・」とつぶやくのでした。

(これを1日に何度も繰り返しました)

雪の魔物と感謝と

厳しい寒波の到来で

毎年のことながら、目茶苦茶に積もった雪に

「厄介者」以外の感情を抱けなくなってくる。

 

雪の魔物は、大きくて広くて冷たい魔物絨毯で

牧場をズッポリと包んでしまうので、家の扉を開けるのも、車を出す時も

歩く事さえ、ままならなくなる。

そんな魔物絨毯に捕らわれてしまった時

例えば、

広大な牧場の敷地内の除雪作業だったり

乗用車やトラックが動かなくなったり

倒木や氷塊などを除去する時は

いつも何でも「ホイルローダー」の出番。

ホイルローダーこそ、我家の頼れる守護神だ。

ところが、今年はその肝心のホイルローダーが

雪の深みにハマってしまうという事件が起きた。(神様~~!?)

雪だまりで大きく傾いた状態で、いくらエンジンをふかしても

大きな車輪が虚しく空回りして、余計に深みにハマって行く・・。

絶体絶命の大大大ピンチに、

「こんな時はローダー!!」って言えない恐怖!

だって、ローダー本人がハマっちゃったんだもの!

まさか春まで待つ訳にもいかず、正直、絶望の涙である。

そこでお隣の肉牛牧場さんに救助をお願いした。

すると、すぐにシャベル片手に4人も来てくれて

お隣のローダーも出動して、

我家のローダー周りの雪掻きをして、ハマった部分に逆に雪を詰めていき

最後はローダーでググッと引き出して、実に見事な手さばきで

我家のローダーを救出してくれたのだった。

そして「よかった、よかった」と言葉少なめに

ぞろぞろと帰られたのだった。

雪国の人々は、普段は不愛想で無口で

「ひょっとして、私の事嫌い?」と感じる事も少なくない。

だけど心の奥には、利害関係なく助け合う文化が浸み込んでいる。

 

今回の事件で、再認識したことは

「一人で農業やっているんじゃない」という事。

普段は親戚縁者もいない地で、孤軍奮闘している気でいたけれど

ご近所さんがいてくれた事に改めて感謝した。

同時に、一人では牧場は出来ないとも思った。

昨今は飼料や燃料高騰、牛乳の消費低迷などなど

様々な要因が絡まり合って、酪農経営が破綻して無くなってしまう牧場が

後を絶たないけれど、

もしも、1つ減り2つ減り・・最後の1軒になったとしたら、

それは不可能だろう。

1人ではやって行けないという事に改めて気付かされた。

日本から農家が居なくなる時は、最後の1軒・・ではなく

最後の一群が、一気に居なくなる時だ。

 

今度は我家が何かお手伝い出来ればいいなと思う。

見えないけれど、人はつながって生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年 元旦

明けましておめでとうございます!

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

雪が多い冬です。

牛達はずっと牛舎でゴロゴロしております。

大きな体を横たえて、後ろ足を斜め後方に投げ出している姿は

まるで有閑マダムのようです。

結構、暇しているらしく

牛舎に入ると、流し目というか気怠い感じで

「あら、な~に?」と

マダム目線です。

マダムだけど、こんな事もしています。

子牛達は愛らしく

「遊ぼ!遊ぼ!」と顔を出してくれます。

2023年も頑張ります。

「自分」を素直に表現している牛達、尊い牛達と共に!

イーが巨大子牛を産んだ夜の話

出産予定日を10日程過ぎている。

イーのおっぱいがポンポンに膨れ上がり、子牛の誕生を待っている。

子牛部屋も綺麗にして、フカフカの藁を敷き詰めた。

「それにしても、まだ産まないね。」

毎日毎晩、今か今かと待ちわびて、待ちくたびれてしまった。

産みそうな気配が出てきているから、本当にもう間もなく産むだろうと

楽観視しつつも、予定日を大幅に越えている事に、密かな不安を覚えていた。

そして、昨晩

夜の搾乳作業を終える頃には

乳頭からポツポツとお乳が滴り始めていたので

「絶対、今晩産むぞ!!」と、何時であろうと駆けつけられるように

徹夜の覚悟決めた。

ちょうど、ドシャ降りの雨が降ってきた。

夜9時、イーが立っている。立っているうちは、産まないよね。

夜11時、イーが足をピンと伸ばしていた。きっと陣痛が始まったんだ。

夜12時、破水したようだ。いよいよ生まれるか!?

夜2時、破水から時間がかかり過ぎている。

夜3時、子牛のつま先が見えた。頭が出てきたら、そこからはスグだ。

    イー、頑張れ!

ところが、子牛のつま先が、今まで見たことないくらい大きい事に気が付いた。

「こ・・これって、イーは産めるのかな!?」

2児を産んだ経験がある私は、思わず自分の下腹に手を当ててしまった。

この大きさは絶対無理だよ!!産みの苦しみ回顧録

「どうしよう、どうしよう」と、狼狽えていたら、

搾乳のお手伝いをしてくれているKおじさんがやって来た。

暴風雨の中、傘をさして、片手運転で自転車をこぎながら、やって来た。

傘がひっくり返って、お椀のようになって、まるで役に立っていなかった。

「こういう時は、イーに任せるんだ~。」と、Kおじさんが言うので

ひとまず家に戻る事にした。

しかし、わずか30分後の

夜3時30分、Kおじさんから招集がかかった。「作戦変更だ~!」

子牛のサイズがあまりに巨大なので、これは引っ張らないと無理という判断で

少しだけ出ている子牛の足にロープをかけて

Kおじさんと夫が、イーの呼吸を見ながら、懸命に引っ張った。

午前4時30分、イーから引っこ抜かれるように、子牛が生まれた。

とんでもない巨体だった。

子牛よりも、まずイーの方が心配になった。

前に、マルという牛が出産の際に腰の神経を傷つけて、

立てなくなって死んでしまった事があった。

その記憶が蘇り、イーに万が一の事が想定されて

心臓がバクバクした。

イーの足は伸びきって、ダラリと横たわっている。

立とうという素振りは無く、

疲れ切って、かつ神経が高ぶっているのが分かった。

もう駄目だと思った。

きっと、マルと同じ運命なんだって、

なんでこんなに巨大な子が生まれてきたのだろうかって

小柄なイーの身体に負わせてしまった運命、どうしようって思った。

そして午前6時30分、イーが立ち上がった!!!!

「よっしゃ!よっしゃ!凄いぞ、イー!!お前、タフやな~~~!!!」

搾れずにいた、初乳を搾って、巨大な子牛に飲ませてあげた。

巨大なくせに、500mlくらいしか飲まなくて拍子抜け。

ああ、本当に良かった・・。

長い夜だったけど、イーも巨大子牛も無事で、本当に良かった。

イー、お前本当にタフな子だね!!

 

 

 

 

 

 

牛にとっての三谷牧場はこうでなくてはならない

放牧が始まると、牛達の顔が明らかに和らぐ。

鼻先に、目元に、おでこのクルリン巻き髪に、背中に、お腹に、しっぽの先まで

高原の涼しく澄んだ風が優しく、青草の中へと抜けていく。

牛達が気持ちよくなって、ウトウトと目をつむる。

この顔がたまらなく、好きだ。

およそ草食動物としては、有り得ないような油断っぷりだけど、

たまにお腹出して寝ていて、

「もしも私が狼だったらどうするの?」と思うけど

ここで暮らす幸福感が伝わってくる。

 

以前、牛達との別れを綴ったブログに対して

匿名の方から、こんなコメントをもらった事がある。

「ミルクが出なくなると殺して食べられちゃうってちょっと。。。余生を牧場でゆっくり送らせてあげるのが優しさではないんだろうか。ありがとうとトラックに向かってって言うけれど、殺されに行くわけじゃないですか。なんかひどすぎる。さんざん働かせて、働けなくなったからって肉になるしか道はないって言うけれど、そういう道を勝手に決めたのは人間じゃん。わたしにはそんな残酷なことは理解できない。」

 

このコメントには、とても傷ついた。

牛達を育てていくうちに、家族の感情が湧かないはずがない。

家族として、老衰で死ぬまでずっと一緒にいられたら

どんなにラクだろうか。

だけど、それは出来ない。生まれてくる次世代の子牛達の養育に

支障が出るだろう。スペースも限られているから、なおさらだ。

 

今の牛達は、人間の都合に合わせて品種改良されているから

野生で生きていくのは難しいと聞く。

人が早朝から夜中まで365日、牛に寄り添う事で

牛達も快適に生きていく事が出来る。

そして、私達は共生の関係にあるのだ。

牛との別れの時に、いつも、思い知らされる。

「仕事仲間だったんだ。」って・・。

家族とも友達とも違う存在で、ましてやペットじゃない。

 

なんのために一緒にいるのかと考えた。

牛乳を搾取するためだけに一緒にいるのだったら、

牛舎に閉じ込めて、もっと高泌乳になるようにだけ考えて

牛がダメになろうと、不幸になろうと関係ないはずだ。

だけど、多くの酪農家たちは、そんな事していない。

我家も、共に暮らしている牛には

幸せを感じてもらいたくて、ここに居たいと思ってほしくて

牛ファーストで仕事をしているつもりだ。

 

多くの乳牛達は、別れの先では、

二束三文の値段で買いたたかれて、

安い肉として、食べ放題などに並び、下手したら食べ残されて

ゴミ箱に行くかもしれないと聞く。

我家の牛達は、中屋敷さん~荻澤さんの手によって

「三谷〇〇ちゃんのお肉だよ」と、本当に大事に食べてもらっている。

牛との別れは避けられない。

けれど、共に生きてきた命だから、責任を負った命だから

最後まで「三谷〇〇ちゃん」として、大事にしてもらいたい。

私が牛で、結局、淘汰される運命ならば

そう願うだろう。

人間は、そんな事にならないけれど・・想像だけど・・。

 

牛達が気持ちよさそうに

ぽわ~んと、うたた寝している姿は

私を安心させてくれる。

 

「ねえ、ここに居て幸せ?楽しい?

 もしも、生まれ変わる時に神様から『君、もう1回乳牛やって』と

 言われたら、また一緒に仕事しようよ。一緒に暮らそうよ。

 もしも、今度は私が牛で、あなたが人になったら

 同じように一緒にしようね。」

 

牛の大きな瞳と私の小さな目が合って

私達は、そんなような会話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年 放牧祭!

待ちに待った、この日です!

三谷牧場では、1年で最も大切な1日!

その名も「放牧祭!」

長く厳しい冬を乗り切った三谷家のジャージー牛達が

新緑の絨毯広がる大地へ駆け出す日、

なんかもう、いろんな感情をぜ~んぶ!解放するかのような高揚感です!

「退屈」「運動不足」「グルメ魂」その他諸々・・

冬の牛舎で溜まりに溜まったものを、一掃すべく

牛達は牛舎を飛び出し、スキップするように走り回り

土に顔をぐるんぐるん擦りつけたり、暴れ馬の如くハイジャンプしたり

「春、万歳!」を全身でアピール!

牛と共に、この歓びを分かち合おうと臨んでいた人達も

「おおお~~~!!!わあああ~~~!!」と大歓声である。

そして、興奮しきった牛達が人に向かって突進して来て

「わあああ~~~!!ひええええ~~~~!!」と逃げ惑う人達である。

昨年生の子牛は、嬉しすぎて

電柵(ステンレス製の電線が張ってある)に向かって全力疾走し

まるで運動会のゴールテープを切るみたいな勢いで

ブッツーン!!と電線をぶっちぎって、柵の外へ走り抜けて行った。

 

大人牛に追いかけられて、電柵の外に避難した人達には

再び災難である。まさか、子牛がブッチギリをするなんて。

再び「わあああ~~~!!」と逃げ惑う人達だった。

 

牛も人も放牧の瞬間が、たまらなく好きだ!

春の空気の中へ漕ぎ出す時、身体中の細胞が歓びに溢れる!

 

牛達が、笑う。

人達も、笑う。

皆、笑う。

 

ただ

そんな歓びと賑わいの中、笑顔が無かった人が2人いた。

(子牛がぶっちぎった)壊れた電線を手にした夫は

「ステンレス製・・・」と俯いていた。

そしてもう1人。

放牧の様子を見ようとして、うっかりウンコ沼に膝までハマってしまった人。

さすがに笑っていなかったかな。