震災から1年



3月10日
陸前高田市の臼井さんが新しい船の出船式を挙げられました。
震災から1年。
多くが流れてしまった、あの日から1年が経つ。
臼井さんの大切な船も、海の藻屑となってしまった。
「生きていたんだから、よかったっす。
 ここ(命)さえしっかりしてれば、きっと大丈夫なんだっけ。」
1年前に臼井さんがおっしゃった言葉は
日を追うごとに重みを増して、言葉通りに行かない
焦燥感や喪失感が、大きくのしかかっていた事を、
そして臼井さんがずっと頑張っていた事を、見てきた。
だから、新しい船を作ったから出船式に参加してほしいって
誘って下さった時は、本当に嬉しかったんだよ。
なんて強い方達なんだろうって、嬉しかった。
式には船大工さんと親戚の方々、
三谷家とメトロポリタンの料理長さん達が集まった。
陸前高田市内では、臼井さんが1番最初に船を新調したという
事もあり、周囲を気遣って、つつましく行われた。
まず、船大工さんが陸で船に
お神酒と塩とお餅とお金を振舞い、
そして臼井さんが船に乗って祈願した。
それから、船上から「餅撒き」が行われ、
子供達は「お餅だあ〜〜!!」と元気いっぱいに餅を拾った。
東北のおめでたい行事に「餅撒き」は必須である。
そして、いよいよ船が海へと出ていったのである。
臼井さんが「三谷さんも、乗って!」と誘って下さったので
皆で「新しい船に1番に乗っていいのかな〜。」などと
謙遜しつつも、ドヤドヤと乗り込んだ。
臼井さんが気持ちを込めて、竿を穿つと
船が浜からスーっと離れて行き
「わあっ!」と皆が歓声を上げた。
臼井さんが、少年のように嬉しそうに笑った。
その後の臼井家での祝宴で船大工さんが、
「よかった。本当に・・。俺らは、3月11日は正月より重い意味を
 持ってしまったんだもんな。
 この日を過ぎれば、あ〜1年無事だったと思う。
 漁師にとって、船は命だ。船取られたら、残る物は何も無い。
 船が欲しい。それが、1つ叶ったもん。」
この声が、全てを語っている。
この声が、然るべき場所に伝わって欲しいと強く思った。

震災はまだ終わっていない。
でも1年経った今、戻ってきた「日常」
また1つ見ることが出来たのだった。