お先に春を

牧草地は「冬vs春の勢力図」だ。

10日ほど前までは、圧倒的冬優勢

一面真っ白に覆われて

この勢いは永遠かのように思われた。

しかし、ここに来て、一気に春が攻勢に打って出た。

黄緑と薄茶が入混じった土の色が

みるみる雪の白色を追い詰めていく。

春の逆転勝ちだ。

もう冬(白)は牧草地の1割も無い。

「よし、この調子で行けば、ゴールデンウィークには放牧を開始できるぞ!」

 

さあ、放牧準備だ!

牛の足の爪を削ったり、牧柵を直したり

子牛達は放牧練習を始めた。

生まれてからずっと牛舎で過ごしていた子牛達にとって

突然の自由は、パニックの素だ。

実際、過去の子牛達も様々なハプニングを巻き起こしている。

有名なのが「チャミ事件」

急に解き放たれたチャミは、血迷って堆肥(ウ〇コ)の山に

駆け上がり、頂上付近でズブズブと首まで埋もれてしまい

ローダーまで出動して、救出される羽目に・・。

耳の先からしっぽの先までウ〇コまみれになったチャミは

しばらくの間、皆から避けられた。

 

そういう残念な思い出を作らないためにも

子牛の放牧練習があるのだ。

まずは、牛舎の中だけで自由に歩き回っていい事にする。

ただし、牛舎の中限定・・のはずだったのだけど、

今年の子牛達は、なかなか器用で

気が付くと、牛舎の外を歩いている・・・。

「ちゃんと扉閉めた!ちゃんと柵も閉じた!OK!」と

指さし確認バッチリの夫が牛舎から戻って来て

小1時間後、子牛が牛舎の周りを楽しそうに走り回っていた。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~れ~~~~~~~~~~~~~~~~?」

夫の重低音の疑問詞が響き渡る。

どうやら、柵の下を器用にくぐって脱出しているようだ。

子牛は、うららかな空気を胸いっぱい吸い込むように

本当に楽しそうに、まるでスキップするみたいに走り回っている。

干し草をボッサボサにほぐし散らして、残雪を踏み散らして

それはそれは、物凄く楽しそう。

夫は細い目を、さらに細めて

「な~~~~~~~~~んで~~~~~~~~~~~~~?」

と、いぶかしがりつつ捕獲に乗り出した。

 

子牛は好きなように遊んで悪戯をしたので

大満足の顔をして、自ら夫の手にかかり御用となった。

 

もう、たっぷり遊んだから、スッキリした「いい顔」だった。

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黒金ちゃんとユキ

トラックが来たら

「来てしまった」と思ってしまう。

頭の奥に涙がじわ~っと広がる。

トラックが来るのは、いつも突然だ。

 

黒金ちゃんとユキが乳牛としての役目を終えた。

もう結構な年齢だったので、最近はパッタリと妊娠できなくなって

子牛を産まない事には、お乳が出る事もなく

黒金ちゃんもユキも、ほとんど搾れなくなっていた。

その上、しつこい乳房炎にかかってしまい

とうとう「卒業」する事になった。

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黒金ちゃんは、黒い顔で目がぎょろっとしていて、

「黒い出目金みたい」だという事で、この名前がついた。

とても人懐っこくて、そして自分の美貌に自信があったようだ。

取材などの時に写真を撮ろうとすると

必ずズイッとカメラの前に出てきて

「どうぞ。撮って下さいな。」とでも言いたげにポーズを決める子だった。

いつでも、どこにいても

カメラを構えると

ドドドドッと小走りにやって来て

「はい!どうぞ!」と写真に写る子だった。

(出目金ぽいのに、凄い自信だ・・)と、

もはや見習うべき性格の持ち主だった。

 

ユキは以前腰を痛めて死んでしまったデストロイヤーマルの同期生で

あの暴れん坊のマルの相方はユキにしか務まらず

いつもマルと一緒に頑固者コンビだった。

マルほどではないけれど、ちょっと気が強かった。

マルのような「自称王者」が心を許す、数少ない牛の1人だった。

ユキがいなかったら、どうだったかな。

ユキがいてくれたから、一緒にいてくれたから

皆が幸せだった。

 

我家の牛達は、中屋敷さんの牧場で半年間再肥育してもらい

荻澤さんの采配で、ちゃんとお料理して、ちゃんと食べてくれる人にしか

出荷されないのだ。

ちゃんと「いただきます」と言ってもらえるお肉になるのだ。

そのような道を辿れる牛は滅多にいない。

我家の牛達を大事にしてくれるこの道こそが

牛を託せる唯一の道なのだ。

 

トラックが来た。

2頭はトラックに乗るのを凄く嫌がって、

いくらか抵抗を試みつつ、ようやく乗せられた。

その時、黒金ちゃんを繫いでいたロープが偶然緩んでいて

中屋敷さんがユキに気を取られているうちに

黒金ちゃんがそ~っと、中屋敷さんの背後を通って

しれっと帰って来ようとした。

「あれ!?外れちゃってる!!いけない、いけない。」と

中屋敷さんが再びロープを手に取り結び直した。

こっそり逃亡に失敗した黒金ちゃんが

激しく暴れて「モオオオ~~~!!!モオオオ~~~~~!!」と

叫んだ。

だって我家に居たいんだもんねって。

だけど、中屋敷さんにお願いする事が一番いいんだよって。

その言葉ばかりが頭の中でグルグルした。

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トラックが牧場から公道へ出る小道を登って行って

2頭が荷台からこちらを見ている姿が

どんどん小さくなって、曲がり道を過ぎて見えなくなった時に

「・・あ・・ありがとうって、言えばよかった・・。」と気が付いた。

美味しい牛乳をありがとう。

楽しい思い出をありがとう。

我家を気に入ってくれてありがとう。

一緒にいてくれてありがとう。

だけど、1つも言えなかった事に、気が付いて泣いた。

 

黒金ちゃんとユキが我が家に生まれてくれた事が

どんなに素晴らしい奇跡だったのだろうか。

また、同じ奇跡が起こってくれますように・・。

 

 

 

 

2022年 明けましておめでとうございます!

f:id:mitanibokujyou:20220105122014j:plain2022年は極寒スタートでした!

気温はマイナス15度前後、牛舎の扉も水も濡れタオルも

み~んな凍てついておりました。

牧場は透き通った水色の雪に包まれた無音の世界。

身体の芯までスウウ~っと入り込んでくる冷気。

牛達は牛舎で体を縮めて搾乳の時を待っておりました。

 

こんなに激寒で厳しい自然と隣り合わせの朝でしたが

なぜだろうか、わくわくと楽しい気持ちが湧いて来る。

昨年までの我慢の年が、ついに終わり

きっと今年こそ!って思うからだろう。

玄関を開けたら、昨年末に次男と一緒に作った雪だるまが

こんもり雪を被って、実におかしな格好になっていた。

極寒の吹雪のおかげで、まるで貴族のような、いでたちであった。

(ランクアップした気分)

「ハッピーニューイヤー♪かんぱ~い♪」と言っているみたいで

素敵だなと思った。

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初雪でした

おお~~・・・

やっぱり、ちゃんと季節はめぐる。

例年よりも20日程遅かったので、

「ひょっとして、来ない?」と期待しちゃったじゃないか!

私の微かな、淡い、儚い、ささやかな、希望をぶち壊された11月24日の朝でした。

 

24日は、目が覚めたら、窓の向こうは一面真っ白で

「今日は自転車じゃ無理だよ~!」と次男がピョコピョコ跳びまわる。

雪を見ると、妙に盛り上がる次男である。

「ゆきだー!ゆきだー!ゆきだぞー!」と

一目瞭然な出来事に歓声を上げながら朝食を頬張る次男に

「ホントだね~。今日は、車で駅まで送ってあげるから。」と、

呑気に答えたのだけど、まさかの事態が待っていた。

 

時間になり、次男と二人で車に乗り込み

牧場から公道へ出る砂利の一本道を走りだした。

一本道は公道に出る手前3mくらいで勾配が少しきつくなる。

その手前でアクセルを踏んで多少勢いをつけて登り切るのがコツだ。

私は右足に少し力を入れて、

「・・・???道がない!!!!!」

慌てて左足に力を込めたので、車はぎゅ~っと音を鳴らして急停車した。

助手席に座る次男は、あんぐりと口を開けている。

「・・・道が・・・ない・・」

 

冬の初めの雪は水気を含んだ重たい雪だ。

そして、我家の砂利の一本道の両側には

数年前から自然発生した柳みたいな木が沢山並んでいた。

その柳みたいな木の枝に、重たい雪がこんもりと積もり、

重みで、枝も幹も、ぐ~~~~んと

道の真ん中に向かって弓形になって雪のアーチを作っていた。

幾重にも重なったアーチが、まるで垂れ幕のように道を塞いでいたのだ。

「ゆっゆっ雪の魔物だ~~~!!ぎゃああ~~~!!」

雪と柳の垂れ幕は2~3mに渡って道を塞いでいて奥が見えないくらいだった。

雪を払えば、枝が元の位置にビョンッ!と戻るかと期待したけれど、

何時間、その姿勢で堪えていたのだろうか?

柳は釣り竿みたいな形のまま固まっていた。

それでは、枝を折って進もうかと思ったけれど

柳は実にしなやかな木なんだな・・。

ぐにっとゴムのようにたわんで、1本も折ることが出来なかった。

結局、ローダーでガシガシ押し退けてわずかに開いた隙間から

脱出するという、まさに物語のような世界観であった。

 

「ひっひっひ~。お前達を永久に雪の世界に閉じ込めてやるよ~ぉ」と

白い魔女の声が響き渡る。

「負けない!なんじゃら、かんじゃらーーーー!!」と

渾身の一撃を食らわす、戦士・三谷。

「うぎゃ~~~!!!」・・・魔女は退散し、

我々は無事に元の世界へと戻って行った。

~雪の魔女編・完~

 

けど、きっとまた、すぐ来る。

冬は長いもの。

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サンレイポケット号

競馬のイメージって、

「オジサンが耳に赤鉛筆を挟んで

スポーツ新聞を左手に、右手で頭を掻きつつ

それはもう、必死の面持ちで馬券を選定している」というもの。

とろこがである。

その昭和なイメージの競馬像が180度回転、

なんというロマン、なんという煌めき!と思うようになった。

 

我家のヨーグルトをもう10年以上も食べ続けてくれている

北海道の馬牧場の方がいらっしゃる。

その方が育てておられるのは競走馬のサラブレットで

牛と馬の違いはあれど、同じ生き物を育てるお仕事の関係から

また、4人の男のお子様を育てあげられた実績から

私は勝手に「先輩」または「お姉さん」と慕っている。

 

馬の世界では日本三大牧場というべく大牧場が存在していて

大牧場では、馬の血統から育成調教まで、その全てを「エリート」として

育てあげる事ができ、当然ながら「勝てる馬」を多数輩出しているらしい。

私の「お姉さん」である、この方の牧場はご家族で経営なさっている。

「エリート馬」とは一線を画す「のしあがり馬」なのである。

 

10月31日に開催された「天皇賞」に

お姉さんの、のしあがり馬「サンレイポケット号」が出走するという。

ご家族経営の小さな牧場から、重賞レースに出馬できるという事が

奇跡に近いのだと、お姉さんは興奮気味に教えてくれた。

そして、私は初めて競馬を観る事となった。(テレビで)

始めて馬券も買った。もちろんサンレイポケット号の馬券だ。

 

テレビでは、1~16の馬達が、ゆっくりと出場してくる。

サンレイポケット号は8番だ。

サンレイポケット号が出てきた瞬間、筋肉の起伏の美しさと

お顔の色気に息をのんだ。

そして、小さな牧場出身のサンレイポケット号が、

大きな牧場のエリート達の中にあって、やたらと肝の据わった足取りなのが

妙にお茶目に見えた。

レースが始まると、勝負はほんの数分で決まるのだけど、

その数分間が、ドラマの中、まさに「ハイライト」の数分間なのだ!!

サンレイポケット号は、4着という快挙を成し得たのだった!!

人気と実力の3頭のすぐ後ろまで迫る、力走だった!!

(勝てるわけないのよ~。出れるだけで、快挙なんだから!って

 お姉さんはおっしゃってたけれど)

 

小さな牧場から、「のしあがった」サンレイポケット号に

すっかり心を掴まれてしまった。

競馬の世界は、生まれ、買い手、騎手、コンディションなどなど

様々なものが一筋の真っすぐな、つながりを見せた時にのみ、勝てるそうだ。

その数分間の煌めきを紡ぎだすための道のりを思った時、

もうすっかり競馬の虜になってしまう。

・・・赤鉛筆とスポーツ紙、買って来よ。

 

 

 

除角。

牛は大人になれば角が生える。

男でも女でも立派な角が生える。

自然界では、強力な武器になるけれど、酪農界ではまさに凶器だ。

我家は放牧しているので、特に危険。

牛達は皆、仲良しだけど、たまには喧嘩もしている。

そんな時に、角があったらお互い大怪我し兼ねない・・とか

牛達は皆、人が好きだから、よくすり寄ってくるけれど、

たまに、行き過ぎた「愛」がさく裂して

殆ど体当たりしてくる事がある。

人は「ぐふっ!」と簡単に吹き飛ばされてしまう。

そんな時に、角があったら致命傷になり兼ねない・・とか。

諸々の都合から、我が家では子牛のうちに「除角~じょかく~」を施している。

これが「やりたくないお仕事ベスト5」に入る、嫌なお仕事なのだ。

子牛の頭には小さな丸い膨らみが2つある。

触るとコツっとしている。

これが「角の芽」で、これらを焼きコテで焼いてしまうのだ。

想像通り、すごい激痛で、大抵の子牛たちは

ひっくり返ってしまう。

しばらく呆然と横たわっている子もいる。

まるで拷問のようで、本当に必要な処置でなければ

ぜひとも、やりたくないのだけれど・・。

だけど、焼く際に、怖がって中途半端に痛い思いをさせると

大人になった時に中途半端な角が生えてしまう。

クルンと羊みたいに巻いた角や、ちょろっと真横を向いた角などで

やる時は、ぐっと一気にやってしまわないといけない。

「いざ、ごめん!」とこちらも覚悟を持って挑む。

除角を施された子牛たちは

暫くの間「人間不信」に陥るのが、また辛い。

頭に黒丸をこしらえた子牛たちは

人を見ると「しえー!!!!」と逃げ回るようになる。

2~3週間もすれば、また仲良くしてくれるようになるから

暫定的悪者なんだけれど、ホントにやりたくないお仕事である。

 

 

 

 

金のヨーグルトのソフトクリーム

長らく、ソフトクリームには抵抗があった。

「甘くしたら、どんな牛乳で作ったって同じものになるやん。」

確かに、その通りだと思っていた。

だから、我が家の牛乳でソフトクリームを作る事には抵抗があったのだ。

我家には

「三谷牧場のジャージー牛乳の「いいとろこ」が

真っすぐに感じられるものじゃないといけない」

という家訓のようなものがある。もはや使命感である。

せっかく、ジャージー達が最高の旨味を湛えた「牛乳」を

出してくれているのだから、その良さを壊す事だけは

絶対にしてはいけないのだ。

それを考えると、やはりソフトクリームは不向きな気がしていた。

 

そんな気持ちがぐるっと急変したのが2020年2月のある日だった。

お取引先様から

「三谷さんのソフトクリームを想像すると、

 あ~~~~~!!!!食べてみたい!!って凄い思う!」

というお言葉をいただいた。

その方がうっとりと妄想して、萌えていらっしゃるご様子から

ソフトクリームの中にも「小さな幸せ」があるのだな~と、

自分が考えているよりも、ソフトクリームには特別な響きがあるのだと思った。

なんとなく自然と

「作ってみよっかな」と思った。

それで、試作を始めたのだけど・・・

やはり「どの牛乳を使っても同じやん」では、ダメだ。

我家のジャージー達の「いいとろこ」が感じられるようなもの

・・となると、やっぱり、そんなに簡単ではなく

試作をしては、試食をする日々で、辛い。

そして、たどり着いたのが

「金のヨーグルト」をギリギリの量まで使用したソフトクリームだ。

金のヨーグルトと同じように、食後の余韻が優しく残り

「三谷牧場っぽい」と思っている。

長引くコロナ禍で、あわやお蔵入りかと思われたが

この度、盛岡市の「トンカツ村八さん」で

金のヨーグルトのソフトクリームをメニューに載せて頂ける事となった。

ソフトクリームを食べると、

ソフトクリームにしかない雰囲気の「小さな幸せ」が

ふわっと浮かび上がってくるような気がする。

村八さんで、召し上がってくれた方が

そんな幸せをふわっと感じて下さったら・・

三谷家一同(牛も含む)本望である。