黒金ちゃんとユキ

トラックが来たら

「来てしまった」と思ってしまう。

頭の奥に涙がじわ~っと広がる。

トラックが来るのは、いつも突然だ。

 

黒金ちゃんとユキが乳牛としての役目を終えた。

もう結構な年齢だったので、最近はパッタリと妊娠できなくなって

子牛を産まない事には、お乳が出る事もなく

黒金ちゃんもユキも、ほとんど搾れなくなっていた。

その上、しつこい乳房炎にかかってしまい

とうとう「卒業」する事になった。

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黒金ちゃんは、黒い顔で目がぎょろっとしていて、

「黒い出目金みたい」だという事で、この名前がついた。

とても人懐っこくて、そして自分の美貌に自信があったようだ。

取材などの時に写真を撮ろうとすると

必ずズイッとカメラの前に出てきて

「どうぞ。撮って下さいな。」とでも言いたげにポーズを決める子だった。

いつでも、どこにいても

カメラを構えると

ドドドドッと小走りにやって来て

「はい!どうぞ!」と写真に写る子だった。

(出目金ぽいのに、凄い自信だ・・)と、

もはや見習うべき性格の持ち主だった。

 

ユキは以前腰を痛めて死んでしまったデストロイヤーマルの同期生で

あの暴れん坊のマルの相方はユキにしか務まらず

いつもマルと一緒に頑固者コンビだった。

マルほどではないけれど、ちょっと気が強かった。

マルのような「自称王者」が心を許す、数少ない牛の1人だった。

ユキがいなかったら、どうだったかな。

ユキがいてくれたから、一緒にいてくれたから

皆が幸せだった。

 

我家の牛達は、中屋敷さんの牧場で半年間再肥育してもらい

荻澤さんの采配で、ちゃんとお料理して、ちゃんと食べてくれる人にしか

出荷されないのだ。

ちゃんと「いただきます」と言ってもらえるお肉になるのだ。

そのような道を辿れる牛は滅多にいない。

我家の牛達を大事にしてくれるこの道こそが

牛を託せる唯一の道なのだ。

 

トラックが来た。

2頭はトラックに乗るのを凄く嫌がって、

いくらか抵抗を試みつつ、ようやく乗せられた。

その時、黒金ちゃんを繫いでいたロープが偶然緩んでいて

中屋敷さんがユキに気を取られているうちに

黒金ちゃんがそ~っと、中屋敷さんの背後を通って

しれっと帰って来ようとした。

「あれ!?外れちゃってる!!いけない、いけない。」と

中屋敷さんが再びロープを手に取り結び直した。

こっそり逃亡に失敗した黒金ちゃんが

激しく暴れて「モオオオ~~~!!!モオオオ~~~~~!!」と

叫んだ。

だって我家に居たいんだもんねって。

だけど、中屋敷さんにお願いする事が一番いいんだよって。

その言葉ばかりが頭の中でグルグルした。

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トラックが牧場から公道へ出る小道を登って行って

2頭が荷台からこちらを見ている姿が

どんどん小さくなって、曲がり道を過ぎて見えなくなった時に

「・・あ・・ありがとうって、言えばよかった・・。」と気が付いた。

美味しい牛乳をありがとう。

楽しい思い出をありがとう。

我家を気に入ってくれてありがとう。

一緒にいてくれてありがとう。

だけど、1つも言えなかった事に、気が付いて泣いた。

 

黒金ちゃんとユキが我が家に生まれてくれた事が

どんなに素晴らしい奇跡だったのだろうか。

また、同じ奇跡が起こってくれますように・・。