フラれたひょうきん

最近、ちまたでは牛の値段が上がっているらしい。
品薄なのだそうだ。
そんな折、岩手県内の酪農家さんが
「牛を売ってくれないか」と突然やって来た。
聞くと、立て続けに2頭死なせてしまい
ジャージー牛で搾乳できる牛を急遽2頭補充したいとのこと・・。
急に売って欲しいと言われても
我が家は少数精鋭なので、売ってもよい牛などいないのだ。
さらには、あまり面識のない方に
我が家の牛を行かせるのは
正直心許ないというか・・・嫌・・っていうか〜・・
みたいな気持ちで、妻はとにかく「反対!売りません!」という姿勢。
しかしながら、心優しい夫は
「困ってるんだよ。困った時はお互い様なんだから」と
売っても良い牛選びを始めた。
妻が猛烈に反対運動を繰り広げているのをしり目に
13歳になる「ひょうきん」という牛を選んだ。
「歳はいってますが、性格も穏やかだし、乳量もそこそこ出てます。」
「ひょうきん」は初代牛の1人である。
妻にとっても夫にとっても特別な存在だ。
「ひょうきん」には別名「きょうこ」という名も付いている。
「きょうこ」とは、妻の母の名前で
なんとなく雰囲気が似ている事から、こんな名前も付けた。
つまり母にとっても特別な牛なのである。
「ひょうきん」が売れちゃったと言ったら母も悲しむだろうな・・。
「ひょうきん」は癒し系だから、いなくなったらきっと・・。
酪農家さんと主人が牛舎の前で商談している。
やがて交渉がまとまれば、あのトラックに乗せられて
行っちゃうんだ。
突然の別れが、今まさに起ころうとしているのだと思うと
ギュッと目をつむっても「ひょうきん」の顔が見えるのだ。
さみしい!
再び目を開けた時、トラックが土煙を巻き上げて去って行くのが見えた。
「行っちゃった〜・・・ん?」
牛舎の前には、取り残された「ひょうきん」がポツンと立っていた。
「あれ?」
「ひょうきん」はトラックが巻き上げた土煙を払うような仕草をしてから
ムシャムシャと雑草を食べ始めている。
「いや・・え?」
どうやら、商談不成立だったらしい。
値段交渉の段階で決裂したそうな。
そうなると、ほっとした反面
急に「ちょっと!!ひょうきんのどこが気に食わないっていうのよ!!」と
苛立ち始めた。
我ながら我儘な心境にびっくりしている。
「ひょうきん」がフラれた。
ヒョコヒョコと牧場に戻る「ひょうきん」に
「あんた、すっごい、いい子なのにフラれちゃったの?」と言ったら
「残念!」みたいな顔で悪戯っぽい目をした気がして
笑いが込み上げてきた。
フッフッと笑いながら「ひょうきん」の首に巻いたロープをほどいてやった。