出産の話

11月2日に雄の子牛が生まれた。
母牛の名前は・・・まだ付けていなかった。
これといって、目立つ牛ではなかったから、
何となく名前を付けそびれていたのだ。
「中肉中背・オール3・上中下の中」
といった感じの子である。
ところが、1ヶ月前、
「名無ちゃん」の出産予定日の2週間も前のある夜の事、
いつも通り搾乳の時間になって
皆がゾロゾロと牛舎に戻って来ているのに
「名無しちゃん」だけが帰って来ていない。
結局、搾乳時間内には戻って来ず、
出産前という事も有って、心配になった
夫は懐中電灯を片手に捜索に出掛けた。
すると・・・
肌寒い真夜中の草地、
月明りだけがうっすらと視界を照らす中、
木陰に凛として佇む「名無ちゃん」を発見した。
傍らには可愛い生まれたばかりの子牛が・・。
「独りで生んだんやな・・・。偉いな、お前。」
普通、出産する牛はあらかじめ牛舎に繋いでおく。
そして、生まれた子牛は人間が産湯で丁寧に洗ってあげるのだ。
長く経済動物として発展してきた乳牛の中には、
たまに母性の薄い者がいて
生まれた子牛を踏みつけて殺してしまう者もいたりする。
(うっかり踏んでしまう)
「名無ちゃん」は子牛の鼻先から足先まで綺麗に舐めてあげて
排出した胎盤も野生の習慣で自ら食し、
子牛を全身で守る為に、じっと夫を睨んでいた。
連れて帰るのは止めた。
・・・触れたらどうなるか分からないような気迫を満面に湛えた母牛を
後にして夫は帰宅したのであった。
野生の動物は、「出産」という1番外敵に狙われ易い事を行う時には
独り群れから離れるらしい。
独りの方が反って目立たないからだ。
「名無ちゃん」は立派に母親だったのだ。
翌日、親子で仲良く帰宅した時は
子牛はお腹いっぱい母乳でゴム鞠のようになっていた。
子牛はその後個室に入れられたが、
「名無ちゃん」は片時も離れず、子牛を上から覗いていた。
とても優しい目をして。
「この子の名前決まりだね」
「何て付けたんや?」
「『母』です。」
そのまんまやんけっという表情をした夫だが、
「そうやな!」とうなずいた。
「母」の出産は、三谷に「愛」とは何かを教えてくれました。
にほんブログ村←おさんぽジャージー三谷牧場へ応援のクリックを☆
人気blogランキング←おさんぽジャージー三谷牧場へ応援のクリックを☆