オス子牛

牛舎の一角がスッキリしている。
いつも、そこにいたあの子がいなくなった。
思い返せば4ヶ月前。
あのオス子牛が生まれた時は
「ええ〜!!!困るよ〜〜!!」と思わず叫んでしまった。
今にして思えば、可愛そうな事をしたと思うけど、
原発による放射能の影響で
岩手県の牛肉が出荷停止になったりして、
子牛市場は混沌としてしまった。
ただでさえ小柄で人気の無いジャージーの子は
市場で全く売れなくなってしまった。
そこに来て生まれたオスである。
「ええ〜〜!!」というのが正直な気持ちだった。
男の子は将来お乳を出してくれないから、
どこかに買い取ってもらいたい。
ところが、約1ヶ月に1度、市場に売りに出しても
買い手が付かないまま、我が家に戻って来るから、
いつしか「でもどり君」という名前を付けられて
牛舎の角っこの小部屋の主になっていった。
市場に行くトラックが来ると
「げっ!来た」という風に、ガッシリと座り込んで
頑として動かなくなり、
ある時は「連れて行こうとしましたが、一向に動かないので不可能でした」
という知らせを受けた事があった。
牛舎には、あの子が威風堂々と居座っていた。
全くもってガッカリした。
(今日は買ってくれたかもしれないのに〜!)
そうこうしているうちに、
次第に角が生え、顔つきも男らしくなって、
どんどん立派な牡牛に成長していく。
「三谷でもどりです。」と名乗っているかのように見えて
愛着も沸いてくる。
こちらも「三谷でもどり」が牛舎にいるのが、
当たり前になっていた。
昨日、あの子に買い手がついたそうだ。
価格は驚きの1000円。
子供のお年玉以下である。
そして、トラックに乗って行ったきり、
もう帰って来なかった。
いなくなった今、あの子に会いたいなと
思うのが、不思議なくらい悔しい。