夢ではない

先月、子牛が誕生した。
母は、もう6産目にもなる
『ベテランママ』の「いわて牧場」・・という名前の牛。
名前の通り、有る程度大人になって
岩手牧場から我が家にやって来た牛だ。
岩手牧場の牛は品種改良が進んでいたので、
物凄い乳量を誇り、逆に我が家では
「出すぎ、無理しすぎ」と心配されている牛が多い。
この子もだ。
乳が出すぎるという事は、母体が体力を消耗して
果敢に励んでいる・・という事だ。
6産目を終えた朝、「いわて牧場」は元気だった。
ところが、夕方になり
日没と歩調を合わせるかのように
「いわて牧場」は体力を失っていった。
そして、夜には立てなくなった・・・。
そしてまた朝、
わずかな望みを胸に牛舎に急いだが、
「いわて牧場」はやっぱり虚ろな目で倒れこみ、
草を食べる事さえ出来なくなっていた。
獣医さんが来る直前には、
鼻と口から血を吐いてしまった。
「もう、駄目でしょうね。明日には死んじゃってるから。」
獣医さんは淡々と説明をしながら
「いわて牧場」に当てていた聴診器を
手際よくしまい込むと、行ってしまった。
母乳が出すぎる牛にはよくある事らしい。
体が無理しすぎて、内臓が疲労困憊してしまい
死んでしまうそうだ。
「もう助からない」
こんなにもアッサリと死の宣告を受ける
「いわて牧場」
何も出来なくて・・・ごめんね。
床に座り込み、たったの1日で痩せこけてしまった
彼女を、ただ看取る。
ごめんね。
って、凄く悲しんだ翌日の朝。
恐る、恐る牛舎に入った三谷は
こう呟いた・・・。
「元気じゃん?」
おかしい。
今日は朝から涙に暮れる予定だった。
「今までありがとうね。」という別れの言葉は喉元まで出掛かっているのだ。
その言葉をゴクリと飲み込むと
「元気じゃん?」とまた呟いた。
そう、なぜかしら、なんというかしら
「いわて牧場」はシャンと立ち上がって
ムシャムシャと美味しそうに草を食んでいた。
大逆転の大復活である。
「元気じゃん?」
その日は何度となく呟いたが
夢ではなかったから、また次の朝がやって来た。
神様ありがとう。